心のパンツは脱げるのか?

30代のおにー・・・おっさんが心のパンツを脱いで話しかけるよ。

270721

連休明けの電車は混んでいるのだが、

世間的には学生さん達は先週末から夏休みに入ったらしい。

 

関東も梅雨も明けたらしい。

 

全部らしい。いつだってその瞬間は気がつかないし、後からニュースや伝聞で聞く。

 

そんな日々の中で昨日リアルタイムで観戦したサッカーワールドカップの決勝はなんというかリアルだった。

 

スペインが優勝したらしい。ではなく、優勝したのを見たのだ。

 

こう考えてみると「らしい」と「リアル」の情報みたいなものの多くが「らしい」に埋没されてる日々だと思った。

思いつきだけど。

 

少し自分の見たもの、直接聞いたものを大事にする割合を増やそうと思い。

日々に感じた事を書いてみようかと思った次第。

 

問題は最近コンタクトすると手元やスマホの画面が見え難い。

老眼が進んだのだろうか?

老眼も嫌だし、実は違う病気が進行してて〜みたいな事態になるのも怖い。

 

歳食って自分の疲労や体調不良とばかり向き合う日々になりつつありますが、何か書こう。

 

ズッコケ三人組が今セール中らしい。

『ズッコケ株式会社』が自分の原点だと思う。

子供の頃最初に夢中になったのは『探検隊』だと思う。遭難したら百合根を探せば良い。

 

ゾロリの後に読むものが〜みたいな話題を昨日チラ見したのだが、学校の図書室、地域の図書館、昔なら地元の本屋、自分で手に取った本が「読みたい本」でいいんじゃないかな。

 

「次に読むならこの本がいい"らしい"」

よりもいい気がする。

 

 



AIと黄信号と人生と

ここ最近、AIで作った深イイ話みたいなのが乱立して辟易している。

それを他の人が引用ポストしてみたいなのは、自作自演なのか、何か互助的な話なのかのメカニズムが知りたい。

たくさんインプレッションあると儲かるのだろうか。いいなぁ。

 

どうせ読むなら、いい話風に見えて読んだら虚無だった。みたいなのを狙ってやって欲しい。

虚無というか【まんまですやん】みたいな。

 

以下に例文を記す。

それでは、また。

 

【例】

ある日。


ひとりの歩行者が、
交差点の前で
黄色信号を見た。


赤なら止まる。
青なら進む。


それは、
誰にでも分かる。


でも黄色だけは、
なぜか人を迷わせる。


「まだ行けるのか」
「もう止まるべきなのか」
「急げば間に合うのか」


その一瞬に、
人間の本質が出る。


前のめりな人は、
黄色を“チャンス”だと思う。


慎重な人は、
黄色を“警告”だと思う。


そして、
本当に大切なことを知っている人は、
黄色の前でこう考える。


「今、進むべきなのか」


信号は、
何も語らない。


ただ、
静かに黄色く光っている。


急げとも言わない。
止まれとも言わない。


でも、
確かに問いかけている。


「お前は今、
何をそんなに急いでいるんだ」


その歩行者は、
一歩、足を止めた。


すると、
次の瞬間。


信号は赤に変わった。


その時、
彼は気づいた。

 

赤は止まれ。
青は進め。


そして黄色は、
“立ち止まって考える”ためにある。

 

ただの交通ルールじゃない。

人生も、
きっと同じなのだ。