心のパンツは脱げるのか?

30代のおにー・・・おっさんが心のパンツを脱いで話しかけるよ。

当たり前を可能にする人達

僕自身は年末年始を休んでいるが、会社としてお客様に提供するサービスとしては365日動いている。

毎年大晦日に働いてくれるスタッフに電話をかけ、「皆さんのおかげでサービスが成り立っている」お礼を伝えている。

我ながら白々しいのでは?という気持ちがないわけではない。

でも自分にとって当たり前に過ごすいつもの年末年始と違う風景の人がたくさんいる事は忘れてはいけないと思っている。

 

コロナ禍、元々の働き方改革、価値観の変化。いろんな要因で年末年始やお正月にお休みをされる業種が増えてきた。個人的にとても良いことだと思うし、そういう流れになるのは大切だと思っている。

ただ、簡単に「今も365日のサービスなんて時代錯誤だ、おかしい」という声には必ずしも賛同はしない。

スーパーや外食店がお休みになるようになっても休み明けからの営業に向けて商品を作ってる人がいる。それを運ぶ人がいる。

当たり前に元旦に届く年賀状を深夜に仕分けてある人もいれば、それを運ぶ人がいる。

そもそも初詣に電車に乗って行けば、その電車は誰が運転しているのか。ダイヤをチェックしている人は?

 

当たり前の風景の裏には沢山の人がいて、当たり前を可能にしてくれている。

 

「年末年始が特別ではなくいつもの1日だから、そんな事は気にしない。」という人もいるだろう。

 

「年末年始は特別手当が出るから働いたほうがお得」という人もいるだろう。

 

「本当は年末年始を家族と過ごしたいけど、家族のために働く」人もいるだろう。

 

いろんな理由があったり、いろんな年末年始がある。

 

正しい、正しくない。とか○か×かの話ではなく、今の自分が見ている風景や当たり前に過ごす時間は勝ち取ったものなのか、誰かに支えられているものなのか。

 

僕は支えられている。という気持ちを大切にしたい。

そして今日を支えてくれるの人たちの大切な「当たり前」を自分が結果としてでも支えられる事があるなら頑張りたいと思う。

 

あけましておめでとうございます。

 

僕の当たり前の年末年始を当たり前にしてくれている皆様に感謝いたします。

 

本年もよろしくお願いします。