心のパンツは脱げるのか?

30代のおにー・・・おっさんが心のパンツを脱いで話しかけるよ。

ワクチンと子供について思う事

パラリンピックの子供の観戦についての是非をあれこれ目にしてこんな事を呟いた。

 

おにへー on Twitter: "現時点のコロナは子供にはリスクが低め。という話とコロナの影響で医療体制が万全ではないから子供に何かあったら救えたケースでも救えないリスクある。って分けないといけないのと、加えて変異株は子供も感染増えてるって話が加わり大乱闘中。"

 

相変わらず要約力がないので読む人はよくわからないだろう。

 

ちょっと暇なのでブログに補足。

補足というのにダラダラ書くので、こういう思考の垂れ流しが好きな人向け。

 

話したい本質はTwitterとかみんな優しいな。って思う。ワクチンの重要性を解く人も、反ワクチンも僕とは思考が異なるが良かれと思って話してるのだと思う。

 

僕のスタンスとするとワクチンを打てる状態なのに"打たない"と選択してる人が感染して最悪の事態になっても本人が決めた事だからいいと思う。

幸い自分の周りにはこういう価値観の人がいないので、もしそういう方が僕が思う個人としての最悪の結果を招いても、残念でしたね。としか思わないと思う。

 

2点書いておくが

1.打てるのに打たない人の事を言っているので「予約が取れない」人のことではない。ここは政府はワクチン確保と接種回数について誇るのはいいけど、もっと「今空いてる打てるよ」へのプロモーション頑張れよとは思う。

 

2.そういう人が感染源となりウイルスを撒き散らして自分を含め周りの人に万が一の可能性をもたらす事は害悪だと思っている

 

そんなわけで反ワクチンについては個人としては相容れないので興味はない。悪趣味だがいまニュースでモザイクかかってる「若者も重症化します」の医療現場をノーモザイクにしてテレビで24時間ライブで放送すれば人流は劇的に下がると思う。

 

ニュースとかも状況か、結果しか写さないからダメなのだと思うわ。

災害のL字とかみたいに重傷者の数値とか移しておけばいいのに。こうなる確率は○%とかつけて。民放なら「次は貴方かもしれない…」とかつけて。

 

話を戻すと反ワクチンについてはどうでもいいのでブログ書く必要もないのだけど、ここに『子供が』と入ると別なんだよね。

 

単純に言えば大人がワクチンを自分の意思で打たない事はご自由に。

子供がワクチンを親の影響で打てないというのがキツい。

 

コロナに限らず赤ちゃんから始まる各種予防接種とかも。

 

これ、いつか親のせいで自分の体がおかしくなったって思っても手遅れなんだよな。

医師の人とか必死で反ワクチンについての反論してるのの一部にはこのこともあると思う。

間違った知識で助かる命を助けられない。

だから少しでも間違いを正したい。

 

学校が夏休み期間だからかもしれないけど、今も稼働する保育園とかでのクラスターのニュースは以前より見る気がする。

 

昨日増田に妊婦なのに旦那がフジロック行ったというアホな話が載ってたけど、あれもまぁお腹の中の赤ちゃんが可哀想ですねとしか言いようがないので、親の足りない部分にどこまで他人が助けられるのだろうかと思った次第です。

※妊婦さん自体は可哀想なんだけど増田に旦那が帰宅したらしばらく離れて暮らすべきか(2週間とか)について迷ってる時点でなんだか残念賞。

 

話はズレまくりだが

・今のコロナはどのように影響してるのか?知識として影響のアップデートはされてるのか?

 

特に子供には影響ないのか?

ここら辺がこれからの肝になると思う。

 

どうせ読まれてないブログなのにバズった時まで想定するのは恥ずかしい告白なんだけど、仮に多くの人に読まれたら「いま10歳以下のコロナによる死亡者数知ってて書いてんの?」とかぶっ叩かれそう。

 

伝えたいメッセージは「今OKなものが変異していくのはチェックしておくべし」ってだけ。

 

今からOKなワクチンについては打っておいた方がいい。でもワクチンの効果がない変異が生まれるかもしれないし、感染がダラダラとずっと拡大していったら、そういう恐ろしい変異が生まれるかもしれないって話。

 

今予防できる事はしたほうがいい。

 

よくある「ワクチンが将来どんな影響を与えるか分からない」だけど、世界の医療関係者がもう打ったのだから、もし5年後にワクチン接種者が死滅したとしてもその時は医者も世界の何割もいない世界でどう生きていくのか?

コロナ禍のワクチンについてはみんな船に乗ったのだから、乗った方がいいと個人的には思います。

 

なんか、子宮頸がんワクチンとか、親のワクチン忌避による子供の悲劇について思う事を書こうかと思ったが、当事者でもないので、少しでも不幸な人がいなくなればいいなと願ってこの話は終わりにします。