心のパンツは脱げるのか?

30代のおにー・・・おっさんが心のパンツを脱いで話しかけるよ。

くちを、つぐむ。ことばを、つむぐ。

以下2014年に書かれた下書きをそのまま公開してみる。
要は7年前もずっと同じ事を言い続けている。
もはやダメなのである。ここまで2021年3月10日

以下2014年の下書き。


こんばんは。
毎日何かしらをブログに書いて更新している僕ではありますが、ここ最近ブログでもtwitterでも書きかけて止めるという行為が多くなっているように思います。思うというか実際にそうなっている。言葉としては発信されていないから僕にしかわからない事なのですけれど、口を噤むようになったのかな?と

で、それって何故なのだろうな?と考えていました。

いつもの事ですが、答えを出すわけでもなく考えながら書いていきたいと思います。もちろんこうやって書く行為自体が噤んでないじゃんって気もしているのですけれど。

自分自身と会話して答えを出している?

これが僕の場合は1番大きいのかもなぁと思ったので最初に書いてみます。僕自身が得た情報というのはなんであれ、まず自分がどう思ったかを自分の中で整理しています。それは好き・嫌いという感情だったり、無関心だったり、もっと詳しく知りたいであったり。で、何かしら自分で決着がついたものを改めてブログやtwitterで書くという行為に抵抗があるのかなぁと。そって何故なのでしょう?

それを言及してどうしたいの?

いろんな方のブログとかを読んでいて考えるきっかけをもらったりもしていますが、反射的に「何か違う」とか「俺はこうだな」とか思う時があります。そういった時に