心のパンツは脱げるのか?

30代のおにー・・・おっさんが心のパンツを脱いで話しかけるよ。

父の命日と父の年賀状

1年6日は父の命日。

早いもので10年になる。

もう10年、まだ10年と言葉を並べてみると、10年前の自分を想像すると「もう10年」という気持ちが強い。

 

父の命日で思う事は5年前のエントリーと何も変わらない。ブログを久しく書いてないのでリンクの仕方もわからないのだけど、生きてるからこそ今のうちに親に色々聞いておくのがいいよ。的な事を書いた。

今もその気持ちには変わらないが、今年はちょっとした贈り物が届いた。

 

2018年大晦日。実家で夜からの友人達との年越しに備えてぼーっと過ごしていたら母の元にご高齢の方が訪ねて来て、玄関でやり取りをしていたので話を聞いてみると父の中高時代の恩師である先生がいらっしゃった。

 

上がってもらいお話を聞くと先生は80を超え身辺整理をされている事、父から年賀状や折に触れた手紙をもらっていた事。これらは自分が死ねば処分されてしまうので、手紙を返すのもどうかとは思ったがご家族の方が少しでも喜んでくれたら。と父から恩師へ宛てられた手紙や年賀状を持ってきてくださった。

 

そこには懐かしい父の字と、青年時代の父が先生に宛てた、頑張ります。という気持ちを書いた年賀状があった。

 

先生は何度も「職務上、先生は生徒に平等に接しないといけないのです」とお話しされていて、その上で40年も前からの年賀状を取っておいてくださった事が息子として、贔屓はしないが良き生徒として忘れずにいてくれた先生のお人柄と、そんな先生を恩師として慕っていた父の出会いを嬉しく思った。

 

生前の父の手紙をこうして読むことがいいのかは賛否があるのかもしれない。でも、父が中高の友人を大切にしていたこと、度々同窓会を開いていた事、多忙になり自分が同窓会の幹事ができず先生や仲間に申し訳ないと書いてある手紙。

 

僕の記憶にある父とは違う、仲間と自分を育ててくれた時代を大切にしている父を知ることが出来た。

 

父が他界して10年。今でもこうして父を覚えていてくれる人がいた事がありがたかった。

 

もっと父と話ができたら良かった。

もう10年。これから10年。自分がどんな風になっていくかはわからないけど、墓参りをする度に弱音を吐いている僕が今の生活をギリギリ保ててるのは父や祖母が見守ってくれているからだなぁと思ったりもするのだ。

 

10年前の1月2日。「じゃぁ、またな」と父に言われて、それが僕と父との最後の会話になってしまったけど、10年経って父からの(僕宛ではない)予期せぬ手紙で僕の知らない新しい父と再会できた。

 

父と父の先生に感謝します。