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心のパンツは脱げるのか?

30代のおにー・・・おっさんが心のパンツを脱いで話しかけるよ。

父の命日

1月6日は父の命日。

年末年始に帰省している事もあり、その時にお墓詣りをしている。
だから実際の命日に何かするという事はない。平日なら仕事だし。

不思議なものでつい先日他界したような気もするのにもう5年も経っている。
同年9月に祖母も他界し僕がかつて一緒に暮らした家族は2人もいっぺんにいなくなってしまった。

それがもう5年も前の出来事。
5年しか。なのか5年もなのかは正直わからない。

ただ子供の頃、祖母や父をはじめ大人がなんであんなに一生懸命墓参りをするのだろう?と思っていた事の答えはわかった気がしている。

会った事もないご先祖様は遠すぎる。でも一緒に時間を分かち合った人が他界してお墓にいるとなるとやっぱり別なのだ。

実家に帰るのが年に2回くらいなので墓参りは年4回くらい。お寺が近いので東京から戻った日と東京に戻る日に1回ずつ。
答えは返ってこないけれど、長い時間墓前に手を合わせて話しかけている。
大抵は身勝手なお願い事ばかりしているのだけれど。

祖父母・親がいるうちにいろんな話をした方がいい

僕は人並みに反抗期があったし社会人になって自分でお金を稼ぎ暮らしていくという事の大変さを実感するまで親の偉大さは口では言っていてもきちんと認識していなかった。
親からすれば社会人になってからの僕は随分丸くなったと思うのじゃないだろうか。

何が言いたいのかといえば、親を尊敬していると言えるくらいには幸せな家庭環境で育ててもらった。

今も昔も素直にそう言えないつらい思いをしている人はいるかもしれない。でも多くの人は家族に感謝できるだけの幸せな環境であるという事にして書いておきたい。

貴方の家族が元気なうちに貴方の年頃には何を考えていたのか?とか聞いておくといいと思う。

僕の父は癌で死んだのだけれどステージ4だかDだか忘れたけれどもう手遅れな感じだった。
でも父は必死に闘病をして頑張って余命を伸ばしたと思う。

小学生以来いっていなかった家族旅行も兄弟で企画して招待する事ができた。

でもなぁと思う。死というのが現実にあってカウントダウンがされている状態で行く旅行には当然限りがある。

家族旅行を招待できたのなんて本当に最低限1つだけ達成できた事みたいなものでしないよりましな程度だ。

もっと早くから行けていればとか思えば後悔はつきない。

僕の場合は後悔というか残念に思っているのが親の事をもっと聞いておけばよかった。と死んでから思っている事だ。

元気な時はね。照れくさいし、年に1度帰省してちょっと挨拶するくらいの間だったから何も話ができなかった。父にはどんな友達がいて、どんな遊びが楽しかったのだろう?僕ら親子はそういう話を気楽にする関係は築けていなかったようにも思う。

もっとね。こう。フレンドリーというか。
一番身近にいる大人に聞いておくべき話をしないまま父はいなくなったように思っている。

実際に病気になっていつかではなく、確実に数年以内にはいなくなる。という状態になって話ができるか?といえばやっぱりできないよ。

だって闘病しているんだもの。生きることを願って頑張っている人に死を前提に話を聞けるだけ聞いておこうってならない。当然家族だし生きる事を応援しているわけだし。

だから、今ご家族が元気な人。まぁ病気もなさそうだしいいんじゃない?って思っている人はそういう幸せな環境な時に何気ない話をしておく方がいいと思う。

父が病気になる前。僕が社会人になり働く東京で出張か何かで上京してきた父と食事をした事がある。「ここが学生時代から父さんが通っていた店だ」と教わった。
そうか。こういうの好きなのかって思ったものだ。

そのお店はまだあるし。僕もたまにいく。

受け継ぐという程大それたものではないけれど、父が遺してくれたものだと思う。

何気ない日常がある時が一番幸せ

多分これにつきる。今まで書いてきた事は僕の中で父が想い出となり、良い事だけに昇華されているからじゃないのかなとも思う。
父が元気だった時。僕は滅多な事じゃ実家に帰らなかったし、帰っても友達のところで遊んでばかりで家族と話すことは殆どなかった。
あくまで結果として今この世に父がいないからこそ振り返って後悔している事を書いている。

実際問題として母はまだ健在で、母に対して親孝行をしているか?と聞かれれば、まぁ昔よりはしていると思うけれどやっぱり実家に帰るのは年に2回くらいだ・・・

大切なものは失う時か、失った後に気がつくのだ。

だからじゃないけれど、父の命日にこれを書き記す事で、今はまだ健在な残った母と何気ない話ができるようにしたいと思う。

人はいつか死ぬ。当たり前の事を教えてくれたのが僕の場合は父だった。

今もご両親やご家族が健在の方。生きているからこそできる事があると何かの参考になれば。

今日は父の命日でした。

それでは、また。

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僕の死に方 エンディングダイアリー500日

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