心のパンツは脱げるのか?

30代のおにー・・・おっさんが心のパンツを脱いで話しかけるよ。

徒然0911

今日はスーツを着て外出してきましたが、
あれだけ大げさにキチンとした恰好で、相手は礼儀を重んじる方ですから!と念を押されたが
行ってみたら、相手はノータイ・・・
いや、別にいいんだけれど。

僕の職種は営業じゃないのだけれど、営業という仕事は本当に大変なのだと思う。
相手が必ずしも腰が低いとは限らない。
中には当然のように「お前の会社を育ててやったのは俺」みたいな態度の人もいる。

そんな人達を相手に居丈高になるわけでもなく、卑屈になるわけでもなく、
絶妙なバランスで要件をこなすのは大変だ。

僕は作り笑いができない(しようとしない)人間なので、
はきはき、しゃきしゃき、時には笑顔って仕事は凄いなと思う。
自分ができない事をできる人は凄いと思える。なりたいかといえば、そうは思わないけれど、
見下したりはしていません。

いきなり話は変わるけれど、

友達とメールしてても「つまんねーなー」とかメールをし合っている。

毎日が充実している人や説教が好きな人に言わせれば
「つまんない」って言ってる奴なんかと付き合ったって、つまんないよ。
君がつまらない人間だから、つまらないんだろ。

って言われちゃうのよね。
まぁ真理といえばそうだけれど。

面白くないのに笑えないけれど、笑っていれば面白く感じる事があるのかもしれないな。
とも思う。

でもなぁ。面白いと感じない事に笑うのは自分を裏切ってる気がするんだよな。

じゃぁ何が面白いのか?って話なのだけれど、これがまたわからない。

先の読めない物語に出会った時なのか?
未来を予測して手を打つことで実際にその通りになることへの「はめてやったぞ!」ってカタルシスなのか?

僕はどちらかと言えば、後者の方に喜びを感じるタイプなように思えるのだけれど、
逆に計画を練るという事の出発点は「最悪も含め様々なネガティブな選択肢も想像する」という事だから、実際は苦しいだけだったりする。

仕事の仕方なんかはまさにこの通り。

つまりは、「考えてから行動をする計算高いタイプ」なのですが、
こういうタイプにとって楽しい事って何なのですかね?

むしろ「自分が楽しい」ではなく、「人を楽しませられるか?」という事の方が大事な気もする
今日この頃です。

なんだろなー?

人に必要とされないのは、まぁさみしいですよね。

まとまりないですが。